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連鎖空還
色彩交
原作とらえずん/人類連合暫定行政委員会

序章 連鎖空還
     作 ロジュウ・イムハタ
プロローグ

彼女は薄暗い空間の中でじっと息を潜める。
追われているのだ。見つかったら終わりだ。
ふと、彼女の脳裏に
―鴉に魅入られたカタツムリも、殻に潜り込めばこんな心境になるのだろうか? ―
等と他愛も無い思考が流れる。
外からの対処を全て殻に任せ、それ以外の活動を一切放棄する潔さ。
現在の自分の状況と何処が違うのか?
とはいうものの、彼女は一度も本物の鴉やカタツムリを目にした事が無い。
現実の彼らは絵本とは程遠い姿をしているらしい。
―!!―
足音が近づいて来た。
彼女は先程よりも一層ちぢこまり、息を潜めて「下」を見る。
足音が止まる。
入り組んだ様々な太さのパイプの隙間から、二つの目がこちらを睨み付けてい た。
怒っているのは明白だ。
彼女はとりあえず、笑って挨拶することにした。
「あははは、・・・・見つかっちゃった。」
沈黙一秒。
息を吸い込む音0.6秒。
そして
「さっさと降りて来い!!!この馬鹿者〜〜〜〜〜〜!!!!」
脳髄にまで響く音波攻撃発射までコンマ0。



入り組んだパイプの隙間をスルスルと器用に抜け出てくる様を眺めながら、
ジェス・H・メイダスは今日三度目のため息をついた。
一度目は「実験」の成果の報告書作成時。
二度目は「実験」の被験体の居場所が“また”判らなくなった時。
三度目は「実験」なぞ何処吹く風な雰囲気の被験体を二時間かけて見つけ出した 時。
「よっと」
ため息の原因である当事者は、パイプに逆様にぶら下がった状態でジェスと目線 を合わせた。
肩の所まで切り揃えられた金色含みの銀髪は全て後方に流れ、虹色の瞳―今は両 目とも赤っぽい−が文句ありげにこちらを見つめている。
文句があるのはこっちだと言いたいところだが、相手の理不尽な言い分を先に聞 いてから言ってやるほうがストレス発散に良さそうだとジェスは判断した。
相手に先手を譲ってやる。
「・・・・なに?」
「困るよジェス。ちゃんとルール通りにやってくれなきゃ。」
「何よ、ルールって」
「カクレンボは、相手を見つけたら相手の名前を呼んで“みーつけた”っていう んでしょう?私の名前は“馬鹿者”じゃないし大声で叫ぶのも近所迷惑。よっ て・・・・」
「・・・・・」
「もう一回やり・・・」
「するか!!!」
また二時間――下手するとそれ以上無駄につき合わされるのは御免だ。
―さあ、ここからは私の反撃タイムだ―
ジェスは意気込むと、得意の早口で一気にたたみ込んだ。
「何故に科学者の私がカクレンボの為に朝っぱらからあっちこっち歩き回って果 てはこんな暑っ苦しくてくっさい人っ子一人いないゴミ処理場くんだりまで来る 羽目になって人生の半分どころか28分の一も生きてない馬鹿餓鬼にカクレンボ をマジで語られねば ならんわけ!?!?果ては五臓六腑バラして太陽系全体の 変態共に輸送で送り届けて私も変態共の仲間入りですオーイエーママさんパパさ んごめんなさい先立つ不幸をお許し下さいみたいな!!!」
途中から自分でも何を言っているか判らなくなってきていたが、少なくとも相手 を気遣う気がまったく無いこのチビを圧倒してやったのは確かだ。
現にジェスを見つめるつぶらな瞳は呆れたようにこちらを見て、・・というより も本当に呆れているようだ。
「へー、ジェスってオカマさんなだけじゃなくて変態さんだったんだ。」
「ニューハーフって呼べ!・・・・たく。」
ストレス発散が出来たのかどうか微妙なところだが、あまり深く考えるとより疲 れがたまりそうだ。ジェスは本来の目的に戻ることにした。
「ほら、さっさと降りる」
「やだ」
そのやり取りは、打てば響く鐘のようだ。だからといってジェスの耳に心地良い 訳ではない。
相変わらず逆様の照る照るボーズ(通称:降れ降れボーズ)の如くぶら下がった 少女は両腕の手首から生えている羽状の帯で体を包み込み防御の姿勢をとる。不 安の表れだ。
「注射嫌い」
「注射じゃないわよ」
「解剖も嫌い」
「もうやらないって」
「人身売買」
「せっかくの素材を売ってどうする」
次第に血生臭くなっていく会話は無機質な機会音で打ち切られた。
音の発生源はジェスの着込んでいる白衣のポケットからだ。
「あ、まーたそれ外してる。腕に付けときゃいいのに。」
「腕の装飾品にはいい思い出が無いの。」
「それ、装飾品じゃなくて通信の備品でしょ?」
ポケットから取り出されたのは薄い腕時計の形をした機械だ。
この時代――西暦2849年の通信手段はヨルムンガント・ネットワークと命名 されるシステムで支えられている。
だからといってこの時代の全ての通信機がこのようにコンパクトという訳ではな い。
“汎用機転ケルベロス”を媒体とした、この研究所でしか使えないネットワーク を形成した事による恩恵だ。この研究所自体が完結した情報伝達機となっている ため、情報のやりとりは驚く程コストがかからない。
ジェスが腕にはめず装置をタップすると目の前に画像のセロファンが作られた。
二十代前半の男が映っている。背後には滑らかな円錐を捻ったような設備がいく つかある。
『こっちの準備はつい先程完了したんだが、どうだ?そっちは』
「捕まえたわよ。今からそっちへ行く・・・・ってこら!逃げるな!!」
パイプから軽やかに着地した少女は今まさに全力で逃げようとしていた。
すかさずジェスが足首を掴み、少女は床に盛大にキスをする破目になる。
モニターの声は呆れた口調だ。しかし少女の足首を押さえて床に四つんばいに なっているジェスからは相手の表情が見えない。
『なんだ、まだ事情説明してなかったのか?』
「いまからするからちょっとだけ待って、このトイレ野郎」
『悪かったよそんなに俺に当たらんでくれ。んじゃ』
モニターが消失し、それに合わせて床に落ちていた通信機の青色の光も消える。
途端に少女が騒ぎ始めた。
「やだやだやだ!なんだかすんごく嫌な予感がする!!」
「えーい、落ち着きなさい“アイリス”!今回は刺す・切る・覗くは無し!」
名前で呼ばれたせいか、あるいは痛みを伴うものではないと聞いたからなのか。
ひとまずアイリスのパニックは収まった。
今度は疑惑を払わねばならない。
「それじゃあ、一体なんなのよ〜」
「あんたが欲しがっていたモノが今日手に入るかもしれないの。」
アイリスは、言葉を理解出来ないとでも言うかのような表情でジェスを見つめ る。
そのまま沈黙してから一秒。いきなりジェスに飛び掛り床に押し倒した。
「どわっ!あーあ服汚れちゃった。まあ、替えがあるから良いけどね。」
無残にも灰色に変色した白衣を眺めてぼやいた彼女は間近にあるアイリスの瞳を 見つめる。
今のアイリスの瞳はピンク色だ。あまりにも近くてその瞳に映っている自分の顔 も見れるくらいだ。
「本当に?」
アイリスの表情はあまりにも真面目で、無表情にすら見える。
しかし、ジェスは今まで一度だってアイリスがここまで熱っぽく期待のこもった 声を発するのを聴いたことが無かった。
「嘘じゃないわよ。なんなら握手してもいい。」
その言葉がお互いにとっての決定打だ。みるみるアイリスの頬が緩んでくる。
ジェスにとって、その表情は嬉しさと同時に苦味を伴うものだった。
「早く早く!ジェスが来てくれなきゃ意味ないじゃん!」
アイリスはジェスの心理を知ってか知らずか、喜色満面で彼女を先導する。
目的地など、目的が判ればおのずと見当がつく。
彼女の欲しいものは“そこ”でしか手に入らないのだから。
“そこ”は彼女が生み出された場所。この計画の要。
――計画は行き詰っている。もはや後が無い。だから・・・――
「えへへ、どんな風に迎えてあげようかなあ。緊張するなあ。」
――“失敗作”に見切りをつけ、新たなるサンプルを・・・――
「やっぱり、こう初対面の雰囲気って大事だよねえ。」
――今度こそ、同じ轍を踏まぬように・・・――
「名前も考えてあげなくちゃ。とっても素敵な名前を。」
――犠牲すらも、厭わない・・・――
「・・・私の弟。本当の家族。」


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